大阪高等裁判所 昭和43年(う)331号 判決 1968年5月29日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、記録に編綴の弁護人栗坂諭作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一について。
論旨は、これを要するに、被告人が外国人を相手とするカフェーを営業し、女給山川アイ子外一名を雇い入れてその店舗に住み込ませていたことに対し、原判決は売春防止法第一二条に問擬したのであるが、本件は、女給らの自由意思による売春であって被告人はこれに介入したものではないから、同条にいわゆる「売春をさせる」行為に当らないのみならず、女子を居住させたことと売春との間に相関的因果関係が存在せず、かつ、売春とカフェー業としての罰金並びにドリンク制による収入とは無関係であって業としてしたものではないから、原判決は本条の構成要件の三点を無視し法令の解釈適用を誤ったものであり、憲法第二二条第一項の職業選択の自由及び居住の自由を保障した規定に違反するものであると主張するのである。
よって案ずるに、憲法第二二条第一項にいわゆる職業選択の自由および居住の自由の保障は、それが公共の福祉に反しない限度において保障されるものであって、売春防止法第一二条が日本国憲法第二二条に違反しないことは明白である(最高裁判所昭和三六・七・一四判決参照)。そして、売春防止法第一二条にいわゆる管理売春とは、人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は指定する場所に居住させ、これに売春させることを業とすることであって、これを処罰する趣旨は、婦女子を自己の支配下におき、これに売春させてその利益を搾取することを業とする者を排除して婦女子を保護するためであるから、ここに「売春させる」というのは、必ずしも売春を強要することを要しないが、少くとも、自由意思による売春を勧誘し、また援助する等の方法で、これに介入することを要するものと解すべきであって、単に自由意思による売春を認容又は黙認していたというだけでは、本条にいわゆる売春をさせる行為に当らないことは、所論のとおりである。本件において、被告人の行為が、右のいずれの範ちゅうに該当するかを案ずるに、原判決挙示の証拠、特に被告人に対する司法警察職員作成の昭和四一年一一月二五日附供述調書中「私は、昭和三八年五月一五日ころから、外人バー、△△△の店を買い取り、元△△△で働いていた昭子、みゆき、英子、ノリ子といったホステスたちを使って商売をやりだしたが、そのころの私は、外人バーの実態をよく知らなかったので経験者であるホステスの昭子とか、みゆきなどに聞いたり、また、他の同業者から聞いたところ、大体どこの外人バーでも、表面上は普通のバーを装っているが、実際の内容は、店で働いているホステスたちにドリンク制、罰金制という条件をつけて店に来る外人客を相手に売春をさせており、その仕組は、ホステスたちに、店に来たお客にドリンク何杯かをおごらせないと客と一緒に外出することはできない、ドリンク代は一杯三〇〇円くらいでそれを店とホステスとが折半してとる、そのうえ、ホステスが客と外出してホテルなどに行って肉体関係をして売春したときには罰金という名目で売春料の中から何割かを店におさめさせる、ホステスが客と外出する場合必ずしも売春するとは限っていないが、大ていの場合、売春の目的で外出するし、またお客も肉体関係が目的でやって来ているので外出のときはほとんど罰金をとっている、売春の料金は相手により多少の差はあるが、大体に、泊りの場合五、〇〇〇円くらい、時間の場合三、五〇〇円くらい、ということがわかり、そのやり方は、まるで売春専門業のように思われたので、私は反ぱつを感じ自分の店のシステムは他の店より変ったシステムにしようと思い、三ヶ月くらいは、店に来たお客が飲んでくれるビール代とか洋酒代の売上げ金と、ホステスたちがお客にドリンクを何杯かおごってもらったとき、そのドリンク代をホステスと店とが折半してとるということだけにして、ホステスたちが客と外出して売春しようとしまいとそれは自由で制限しない方法をとった。しかし、店にやってくるお客の大半はホステスたちと肉体関係をするのが目的できているのでビールや洋酒はあまり飲んでくれず、少し飲むとホステスを誘って外に出て行くので、店としては売上げ金が少なく採算がとれなくなったうえ、他の外人バーから、××の店は変ったことをする店や、とうわさをされるようになったので、きれいごとを押しとおすことができないようになり、とうとう昭和三八年八月ころには、ほかの外人バーと同じようなシステムをとることにして、ホステスたちの働く条件を『住込みや通いは自由で固定給は出さないが食事代はとらない。出勤は二部制にして、早出が正午、おそ出が午後四時、お客と一緒に外出する場合は、お客にドリンク二杯以上をおごってもらわないと外出できない。外出する場合は、お客を相手に売春するものとみて五〇〇円を店におさめてもらう。ドリンク代(一杯三〇〇円)は従来どおり、ホステスと店が折半してとる。』という方法にあらためた。そして私の店では、その年の一二月二一日の火事で店が焼けるまでこの方法できたが昭和三九年二月二〇日ころ、新しい店を開いたときには、店のシステムを変えて『店で働いてもらうホステスたちは全部住込みで働いてもらう。固定給は一万円で食事代を月に三、〇〇〇円固定給の中から引く。出勤は二部制で、早出が正午、おそ出が午後四時、店にきた客と外出して行くときには、一日中が罰金一、五〇〇円、ドリンク五杯以上、午後六時から午後八時までが、罰金一、〇〇〇円ドリンク四杯以上、午後八時から午後一一時までが、罰金八〇〇円、ドリンク四杯以上、午後一一時から先が、罰金五〇〇円、ドリンク四杯以上、ドリンク代は従来どおりホステスと店が折半してとる、客引きを専門にしているボーイが店に客を案内してきた場合には客の相手をするホステスがボーイに五〇〇円渡す。』という方法にした。この新しいシステムもホステスがお客と外出すれば、大ていの場合、その客を相手に売春するということを計算に入れ、ドリンク何杯以上を客におごらせないと外出できないし外出した場合は罰金もとる、ということにしたが、ホステスが純然たる外出で客と喫茶店に行って、お茶を飲むとか映画をみるといったような場合には、ドリンクの制限はあっても罰金はとっていない。罰金はあくまでもホステスが客を相手に売春したときに限りとっている。どこの外人バーでも、ホステスが売春の目的で出て行くときは店の帳面づけの仕事をしているカウンター係の女の子にそのことを話し、ドリンクの杯数などもつけてもらって外出するのでどのホステスがドリンク何杯で売春をやりに出て行ったかがわかる。私の店もカウンター係の女の子に、『どのホステスが何日にドリンク何杯で出て行き、罰金はいくらおさめている』ということを帳簿につけさせている。ホステスたちの売春料金は、客によって多少の差違はあるが、大体に、泊りの場合で五、〇〇〇円くらい、時間の場合で三、五〇〇円くらいが相場になっている。しかし店の方としては、売春料金の高い安いには関係なく、ホステスが外出して行く時間帯によって罰金を取っている。この罰金は外出する前におさめるホステスもおれば外出から帰ってきてからおさめるホステスもおる。かりに一人のホステスが、午後八時ころからドリンク四杯を客からおごってもらって外出しホテルに行って売春して朝まで泊ったとすると、ホステスの方は、売春料金五、〇〇〇円、ドリンク四杯分(一杯三〇〇円)を店と折半して六〇〇円、合計五、六〇〇円になり、その中から罰金八〇〇円を店におさめると四、八〇〇円のもうけがあったことになり、店の方もそれによって、ドリンク代の六〇〇円、罰金八〇〇円計一、四〇〇円のもうけがあったことになる。そのようなことですから、ドリンク代も罰金もいいかえると売春料金の一部にふくまれることになる訳である。ホステスたちは、年齢の差によって客を相手にする回数が多少は違うが、大体に、一人のホステスが一ヶ月間に、泊り客二〇人くらい、時間客五人くらいを相手にして働いている。(中略)私は、右のようなシステムで、古い店の時は四人、新しい店になってから、昭和四一年一〇月初ころまでに八人くらいのホステスを使っていたが、ホステスの中には出入りが多く、右の一〇月初ころには、メアリーこと川原秋子、カツ子こと木山勝子、治美こと高峰輝、董ちゃんこと川地公子の四人となり、現在では治美も董ちゃんもやめてしまって残っているのはメアリーとカツ子の二人になった。」旨の記載、被告人の検察官に対する供述調書中「私は、営業当初の二ヶ月間くらいは女の子に一万円の固定給を払い、女の子が客におごってもらうドリンクを折半するシステムにして客と外出することを許さなかったが、店の女の子から、このシステムではかせぎが少ないし罰金をとられてもよいから客と自由に外出させてくれという要求があり、結局ドリンク制と罰金制の併用によるシステムを設けるようになった」旨の記載、女給川原秋子の検察官に対する供述調書中、「私は、外人バー『××』に住込みホステスとして働くかたわら売春していた。私が店に雇われたのは昭和四〇年三月初ころのことであった。それまで私は○○○という外人バーで働いていたので、近くに××という外人バーがあることを知って、私一人で店に行くと、後で名前を知った長岡糸子というママさんがいて話をした。私は○○○でも外人客を相手に売春をしていたので、この××という外人バーも形の上では、バーになっているけれども、実際は外人相手に売春商売をしていることだろうと思って行った。もちろん私自身も売春をするつもりでいた。私はママさんに、『私、この店で働かしてもらいたいと思って来た。』といって頼み、私が外人バーで働いた経験のあることを話した。するとママさんは、私が思っていたとおり『固定給は一〇、〇〇〇円で内三、〇〇〇円を食事代に引く。うちは全部住込みにしてもらっているので、この店で寝泊りしてもらう。お客と外出するときには罰金とドリンク制になっている。』と説明した。この罰金とドリンク制というのは、私たち女の子がお客と売春するため店を出る際に、店に支払わなければならないお金のことをいうのである。私は、それを承知して雇ってもらうことにして、その翌日の晩から店に住み込むことになった。そしてホステスとして客の接待をし、私の体を求めるお客がいたときには、店に罰金とドリンク代を払って外出して売春するようになった。店に働くようになってから知ったのであるが、外出時間午後六時から午後八時まで罰金一、〇〇〇円、ドリンク四杯、午後八時から午後一一時まで罰金八〇〇円、ドリンク四杯、午後一一時以降罰金五〇〇円、ドリンク四杯、一日中罰金一、五〇〇円、ドリンク五杯というシステムでドリンク一杯は三〇〇円であるが、その半額は私たち女の子のもらい分となっていた。店に来る外人客のほとんどが、私たち、女の子の体を求めてくる客であったので、外出する場合のほとんどが売春するためのものであった。(中略)、私自身もお店で客と交渉する際にホテルに行くかどうか確かめ、ホテルに行くことが決ってから、その客から罰金をもらい規定のドリンクをおごってもらっていたのが実情である。××という店は客も多くほとんど毎晩のように売春したと記憶する。(中略)罰金といっても、私たち女の子が売春する際に納めなければならない仕組になっているので、店が閉店になってから、客と外出する場合にも罰金はとられていた。」旨の記載、原審証人木山カツ子の原審第二回公判廷における公判調書中、「私は、外人バー、××に、昭和三八年一〇月三日ころから、ホステスとして働いていた。一年くらいしてからその店に住み込んだ。店では、客と一緒に外出するとき、罰金とドリンク代を払う必要がある。その罰金とドリンク代とは客が払ってから外出する。ドリンク代は店と女の子とで折半である。外出するとき、カウンターに出た時間と帰った時間とを記帳することになっている。午後一一時半を過ぎて出るときにも記帳する。その場合も罰金、ドリンク代がいるのであるが、ボーイが客を連れて来た場合には、ボーイに八〇〇円を私たちが支払うことになっていた。××の客は外人の船員がほとんどであるが日本人も来る。私は病気で一時××をやめ、昭和三九年三月二五日にまた住込みで働くようになったが店のやり方は前と同じであった。(中略)外人の船員と外出するときは、ホテルに行くことが多い。泊ることもあったし時間で帰って来ることもあった。昭和四一年一月ごろからシステムが多少変って外出する場合にドリンク五杯分を七五〇円の金で払ってもらっていた。売春料は泊りの場合で五、〇〇〇円くらい、時間の場合で三、〇〇〇円くらいもらっていた。ドリンク代は飲んでいるので罰金だけ別にもらい、性交代は自分の収入になる。泊る場合プリンス、ロンドン、ぎんれい、といったホテルに行っていた。月平均一五回くらい外出しているが全部が泊りではない。固定給一万三、〇〇〇円でその中から食費に三、〇〇〇円支払っていた。検診は月四、五回行っていた。」旨の記載を総合すると、被告人が外人バー××を経営中に、原判示の期間女給木山カツ子、同川原秋子を雇い入れて、同店内に住み込ませ、固定給として月一〇、〇〇〇円ないし一三、〇〇〇円を支給しそのうち食費として月三、〇〇〇円を控除することとし、同女らが、来店する不特定多数の遊客(ほとんどが外国船船員)を相手に売春するため外出する際に、その外出時間の長短に応じ客をして罰金名義の金員(五〇〇円ないし一、五〇〇円)およびホステス・ドリンク名義の水同然の稀薄飲料二杯ないし五杯(代金一杯三〇〇円)の代金もしくはこれに代る金員を支払わせ、右の罰金は被告人の収入とし、ドリンク代は女給と折半する条件のもとに、附近のホテル等において売春しその性交料を取得することを許容するという組織のもとに、被告人は右の罰金とドリンク代の半額とを、女給たちは、ドリンク代の半額と売春料とを、いずれもその主要な収入源として依存する業態を継続していたことを認め得られる。そうすると、右の罰金並びにドリンク制は、売春に随伴する雇主の収入であって、実質的には売春料の一部を構成するものであるにかかわらず、雇主が売春防止法の適用を免れるための口実として考案されたものであって、事実は被告人が同女らを自己の経営する売春組織の中に収容しその機構に従って売春行為をさせていたものであるから、被告人の行為は、売春防止法第一二条にいわゆる人を自己の占有する場所に居住させて売春をさせることを業とした者に該当するといわなければならない。以上の次第で、原判決には所論のような違法はないから、論旨は理由がない。
控訴趣意第二について。
論旨は、原判決の事実誤認を主張するのであるけれども、前段説示のとおり、原判決挙示の証拠により原判決認定の事実は優にこれを認めることができるから論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山崎薫 裁判官 竹沢喜代治 大政正一)